“言い訳”に聞こえた訴えの奥にあったもの:環軸関節亜脱臼の症例
- 9 時間前
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初対面で感じた違和感:幼い受け答えと“言い訳”に聞こえる訴え
ある日18才の男の子が母親と来院した。受け答えの幼さから軽い知的障害がある事は察知できた。話しぶりから受ける印象は、「足が痛くてうまく歩けないから仕事に行けない」という言い訳を懸命にしている様に聞こえる。
はて、どこまでこの子の訴えを鵜吞みにしてよいものかと身構え、ことさら慎重に問診を進めた。
主訴のついでに語られた「ぶんまわし歩行」というレッドフラッグ
彼が語ったのは、3ヶ月前からミシンがけの仕事に就いた。立ちっぱなしで右足でペダルを踏みながらの作業だった。1ヶ月したころから10分経つと左の腰と脚が痛くなり、膝を曲げられなくなり、こんな歩き方になってしまう。と言って「ぶん回し歩行」をしてみせた。
-おいおい。ぶん回し歩行なんて脳梗塞で片麻痺を起こした時に見られる歩き方だぞ。それが本当なら、立ち仕事のつかれで膝が曲げづらくなっているなんて単純な話じゃなくなるんだ。本当にその歩き方になるのか?
と思いながら話をくわしく聞いた。
「腎結石」で片付けられた腰痛──話し方から受ける印象と思い込み。残された脚の痛みの原因
そうなってすぐ病院の整形外科を受診して腰のレントゲンを撮ったら腎結石が見つかって、2週間の投薬で腰痛は一端消えた。
しかし脚の痛みは残って次第に悪化し、医師にそれをいくら訴えても相手にしてもらえず、とうとう仕事も辞めざるを得なくなって今は求職中だと言う。
話し方が幼くたどたどしいが、話の筋は通っている。だとすると、仕事が辛くて辞めた言い訳に共感してくれる人を探しているのかと思った私の第一印象は間違いなのかもしれないと思った。
少なくとも医師は腰痛の原因を、偶然見つけた腎結石と決めつけているようだ。脚が痛いという訴えは、私が抱いた印象と同じに捉えているのかもしれない。
神経学的所見が一変させた状況判断
ならば本当に悪いのかと思って腱反射を診たら上下肢とも全体に亢進している。驚いて病的反射を確認したら、ホフマン、トレムナー、バビンスキー、クローヌスと軒並み現れた。
これは大変だ!専門医に紹介しなければならない案件だ。紹介状を書くために脳神経の検査表に沿って一つ一つ所見を取った。握力は右22㎏、左12㎏。左下腿痛覚やや亢進、ロンベルグ徴候陽性。
患者さんの訴えは本当だったんだ。いくら訴えても本気にしてもらえなかったからこそ、私に必死に訴えていたのか。一瞬でもこの子を疑って済まなかったと思った。所見からして頸髄に圧迫病変が存在するのは間違いない。これは手術が必要になるなー。この子にその必要性をどうやって理解させたらいいのだろうか、と悩んだ。
「どう伝えるか」の悩みに立ちはだかる聾の壁
まずは、待合室で待っている母親に説明しなければと思い声をかけたら、なんと彼女は耳が聞こえなかった。そこで筆談で「頚が悪いようだからもう一度病院で精密検査を受けて欲しい」と伝えたら、「手術をすることになりますか?」と聞かれた。
「あるかもしれない」と答えたら
「病院ではなく循環器の開業医院に紹介して欲しい」と言出した。
専門医へつなぐ責任
母親が紹介先に選んだのは、患者さんの無理をなんでも聞いてくれる先生だった。おそらく、そこに行けば手術をしないで治してくれるかもしれないと考えているようだ。
それまでかかっていた整形外科医は、話をまともに聞いてくれなかったのだから、戻りたくないと思うのも当然だ。
しかし、専門外に紹介するわけにはいかない。しかも所見からして急ぐ必要がある。なんとか本人たちの不安を煽らないようにしながらも、間違いなく、病院で検査を受けさせなければならない。
「まずは専門医に診てもらって、原因をはっきり見つけてから一番良い方法を相談すればよい」と説得した。その場で紹介状を書いて必ず病院に行くように念を押して渡した。
診断確定:環軸関節亜脱臼という予想を超えた病態
数日後、病院の担当医から直接電話がかかってきた。
「先生、よくこれがわかりましたねー。頚椎の環軸関節亜脱臼でしたよ。発見が遅れると危ないところでした。しかし珍しい症例です。紹介ありがとうございました」とどこか浮ついた声に聞こえた。重大疾患を患者の訴えがあったにもかかわらず見落とした気まずさを、学会に発表できる特異な症例が飛び込んできた話題にすり替えて、取り繕っているようにも感じられた。
「早く手術で首を固定しないと、歩けなくなるばかりか、命の危険すらあること。そして、大きな手術になるので、そのリスクをあの二人にどう説明し、納得させられるのだろう?」との不安をいだきながら、「ご本人もご家族も、事の重大性を理解するのが大変かもしれませんので、どうかよろしくお願いします。」そう言って電話を切った。
立場の弱い人の声を聴き洩らさない感性
立場の弱い患者さんは、まともに訴えを聞いてもらえないことがある。特に知恵遅れの人、高齢者、貧しい人、障害を持った人、子供がそうだ。
自分の困りごとを要領よく短い時間で医師に話すのが上手ではない人は、医師の発する「忙しいから手短に!」のオーラに押されて、ほとんど言いたいことも聞きたいことも叶えられずにいる。
だからこそ、立場の弱い人の問診は、急かしたり誘導することなく時間をかける。足りない分は治療中も雑談に紛れさせて話を聞いて補う。
つたない言葉に先入観をもたずに耳を傾けて、潜む問題を察知できる感性を磨いておかないと、一番助けが必要な人を助けられなくなるからだ。
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