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新医学誕生の瞬間

  • kazzh14
  • 2025年11月5日
  • 読了時間: 5分

医療従事者が患者の下腿に超音波プローブを当てて検査している様子。モニターには組織の断面画像が映し出され、機器の操作パネルや収納トレイも描かれている。
下腿部の痛み評価に用いるエコー検査の様子。医療者が超音波プローブを操作し、筋膜や血流の状態をリアルタイムで確認している。

1.トリガーポイントという黒船


「押して痛い場所に鍼を刺すと痛みが消える」

これは鍼灸の世界では昔から知られていることだった。

しかし実際には、痛みを感じる場所と、痛みのもとになっている場所が違うことが多く、

本当に効くポイントを見つけるのは簡単ではなかった。


1983年、アメリカで『トリガーポイントマニュアル』という本が出版された。

その中には、上半身の痛みがどこから広がるかを示した地図のような図が載っていた。

研修先の病院の図書室でその原著を見つけた私は、

その地図を頼りにトリガーポイント探しを始めた。

図の通りに見つかることもあれば、そうでないこともあった。


1992年には下半身編が出版され、日本でも研究が進んだ。

明治国際医療大学の川喜田氏と伊藤氏が理論を、関西医療大学の黒岩氏が技術を発展させ、

「トリガーポイント鍼療法」が形になっていった。

のちに私は息子を黒岩教授のもとに送り出すことになる。



2.「効くんだったら取り入れる」


同じころ、トリガーポイントに注射をする整形外科医が現れた。

2008年には、その医師を若手医師が囲んで研究会が立ち上げられた。

当初は医師だけの会だったが、後に医療職なら誰でも参加できる会になった。

2012年、私もそこに加わった。


当初は、トリガーポイントの治療経験が豊かな鍼師たちが、医師に治療法を教えていた。

医師たちは注射針でその技術を再現し、

「なるほど、言う通りだ」と感心しながら学んでいった。


その中で注目されたのが、「ほぐし鍼」と呼ばれるやり方だった。

経験的に、それは治療後の反動が強いので、私は避けていたが、

医師たちはリバウンドなど気にせず、そのあとに現れる効果を高く評価した。

「確実に効くなら、そこまでやるのもありなんだな」と思い、

私はその技法を徐々に取り入れることにした。



3.「薬は要らないんだよね」


当時は、「コリが神経を過敏にしてトリガーポイントができる」と考えられていた。

鍼師はコリをほぐし、医師は局所麻酔で神経を鎮めようとしていた。


ところが、「針を刺すだけで効く」「薬は関係ない」という意見が出始めた。

そこで数人の医師が、自分のからだにさまざまな薬液を注射して比較した。

すると、薬の効き目がないはずの生理食塩水が一番効いたのだ。

しかも痛みも少なかった。


若い医師たちはこの発見に興奮し、論文にして公表しようとした。

しかし、会長がそれを止めた。スポンサーが局麻剤のメーカーだったからだ。


若い医師たちは「患者に不要な薬を使わないのは当然の倫理だ」と主張し、

忖度を拒んだ。結局スポンサーは去り、会長は退会した。


この出来事の後、新しい会長のもとで会員数は1,000人を超え、

職種による上下関係のない、誰でも意見を言える風通しのよい会になった。



4.答えは「スキマ」にあった


2013年、イギリスで学ぶ日本人鍼灸師から「ファシア(Fascia)」という

新しい視点の解剖学が紹介され、筋膜との違いに注目が集まった。


ファシアとは、骨や筋肉、血管、神経、内臓などを包み分ける網のような膜である。

この膜には神経の末端が多く集まっており、痛みの発生源にもなる。

網目状のため、あらゆる方向に伸びて戻る弾力性があり、

構造物同士を滑らせる働きも持つ。

さらに、水分を取り込み、外に逃がさないポリマーのような性質があることも分かった。


これまで「筋膜」と呼ばれていたものは、実は筋肉を包むファシアだった。

そして、トリガーポイントとは、ファシアに分布する神経が過敏になった状態——

そう理解されるようになっていった。



5.「ツボ」が見えた!


その後、ある医師が「エコー(超音波)でファシアが見える」と言い出した。

しかし当初は、ただの白い線のようにしか見えず、

どれが痛みの原因なのかは分からなかった。


2014年8月、別の医師がエコーで分厚く映ったファシアに注射をしたところ、

何層にも重なっていた膜がほどけるような映像を捉えた。

それと同時に患者の痛みが消え、動きも改善した。

トリガーポイント化した「ファシア」が、初めて見えた瞬間だった。


以後、「トリガーポイントはファシアの重なりによって起こる」

という考えが生まれた。

この膜の重なりを解きほぐすことを「ファシアリリース」、

生理食塩水を使って行う方法を「ハイドロリリース」と呼ぶようになった。



6.五十肩は“癒着”をはがせ


ハイドロリリースの効果は、五十肩にも応用された。

重なって癒着(ゆちゃく)したファシアをリリースすると、

その場で腕が上がり、効果の切れ味に皆が驚いた。


炎症が、靱帯や関節包、ファシアをくっつけてしまう——

それが五十肩の正体だった。


五十肩は、鍼を打つ場所や刺激量の判断が難しい疾患だった。

しかしこの研究によって、炎症と癒着を見分けることができるようになり、

病期に応じて的確な鍼治療が行えるようになった。


さらに、ファシアの重なりが神経や血管を圧迫して

痛みやしびれを起こすこと、自律神経にも影響することが分かってきた。

2022年には、ファシア研究の第一人者である、

イタリアのカーラ・ステッコ氏の特別講義が実現し、最新の解剖学的知見が共有された。



7.みんなで作る新しい医学


2019年、『トリガーポイントマニュアル』第3版が出版された。

それまでの研究成果を反映した大幅な改訂版だった。


私はこの会で、新しい医学が生まれる瞬間を目の当たりにした。

鍼を刺して何が起こっていたのか、ようやく解剖レベルで理解できた。

長年の臨床で感じてきたことの理屈が、少しずつ見えてきたのだ。


鍼は立派な医学である。

これを現代医学の言葉で体系化できれば、必ず世の中の役に立つ。

そう信じて歩んできた私にとって、この会との出会いはまさにご褒美だった。

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