夜泣きを止めるシンプルな神業|小児はり
- 2025年11月2日
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更新日:2 日前

1990年、私は大阪の大師流小児はりの3代目、谷岡賢徳(まさのり)先生に小児はりを教わった。
子供のからだを鍼(はり)で撫でるだけで、本当に夜泣きが治るのだろうか?
私は、どうしてもそれをこの目で確かめたいと思った。
そして可能なら、その技術を手に入れたいと思い、人伝に紹介してもらって小児はりの大御所を訪ねた。
1. 泣かせないコツ
「お前、さっき子供を泣かせたろ。小児はりはな、絶対に子供を泣かせちゃいけないんだ」
治療見学のあと、お昼をごちそうになっていた私は、いきなり小児はりの大家、谷岡先生に叱られた。
「え?いやいや、泣いていたから、あやしたんですが……」
そう反論する私の言葉をさえぎり、かつて縁日には700人もの子どもが来院した鍼灸院の院長が突っ込んできた。
「違う。あの子は普段泣いたことがない。お前が顔をのぞき込んだから泣いたんだぞ」
意味が分からず、返事に困っている私に、先生は畳みかけた。
「警戒心の強い子に、大男が近づいてきたら、どうなる?」
「お母さんの後ろに隠れて、身構えます」
「さらに近づけば?」
「泣くでしょうね」
「じゃあ、そばを通り過ぎる大人ならどうだ?」
「母親の後ろに隠れたまま、目で追いますかね」
「その時泣くと思うか?」
「まあ、泣かないでしょうね」
「もし、遊んでいるとき近くの人と体が触れたら、子供はどうする?」
「ちらっと見て避けますかね」
「泣くか?」
「さあ? 泣かないと思います」
「そうだよな。子供と目を合わせなければ、泣かせずに間合いに入り、からだを触ることができるんだ。腕を出せ」
そう言って、先生は私の腕を小児鍼で撫でて見せた。
「えっ、こんなに軽くでいいんですか?」
「そうだ。これ以上強いと悪化する」
これが極意のすべてだった。泣かせないで、ふわっと撫でる。
それだけで夜泣きが治るなんて…
一刻も早く帰郷して、教わった極意を試したくなった。
2. 治りを邪魔するものへの気付き
”夜泣きの治療”を標榜したら、患者さんは次々と現れた。
教わった通りにやったら、一発で治る子と、そうでない子が出てきた。
「何が、違うんだろう」と考えながら臨床を重ねていたある日、なかなか良くならず、苦し紛れに「何か変わったことはしてませんか?」と母親に尋ねると、
半ばあきれ顔で「お父さんが、大音量でこの子にジャズを聞かせてるんですよね…」とつぶやいた。
この瞬間、父親が原因だと、私と母親の考えが一致した。
ジャズを 大音量で聞かせるのを止めさせたら、夜泣きが止まった。
中には、耳が遠く大声で話す婆ちゃんを遠ざけたら、夜泣きが治る子もいた。
「いないないバー」や、「たかい、たかい」を止めたら、夜泣きが止まった子もいた。
アトピーで体を掻きっぱなしの子にはスキンケアを教え、鼻づまりの子には鼻汁吸い器の使い方と鼻づまりのツボを教えたら、夜泣きが止まった。
どうやら夜泣きは、言葉にできない子どものSOSなのかもしれない。
その原因に気付くのが、私の新たな極意となった。
3. 泣き叫びをとめる極意の進化系
ある日、全身で泣き叫ぶ2歳の子供がつれてこられた。
待合室で遊ぶうちに、早速大声で泣きだし、終いにはのけぞって床に頭を打ち付け始めた。
両親は途方に暮れている。
― うわ、これはすごいな。
そう思いながら、谷岡先生に教わった極意をアレンジして試すことにした。
「どれ、お嬢ちゃんを泣き止ませますか」
と言って、私は子供に目もくれず、待合室のテーブルの下にある”いろは積み木”を取り出し、床に並べ始めた。
「はい、お父さんも、これ並べて。ほい、お母さんも、子どもはいいから手伝って!」
何が起きたかわからぬままに、両親は積み木を並べ始めた。
子どもは一瞬にして泣き止み、私が並べた積み木を蹴散らした。
私はくるりと子供に背を向け、積み木を再び並べ始めた。
すると、子どもが私の前に回り込んで来たので、顔を見ずに、積み木を子どもに差し出してみた。
子どもは「なんだこんなもの」と言わんばかりにそれを掴んでポイと捨て、また積み木を蹴散らした。
そこには、自分の訴えに耳を貸そうとしない大人への抗議が読み取れた。
両親は、我が子の粗暴な振る舞いに目を奪われ、子どもの「心の叫び」に気づいている様子は見られなかった。
私は、親を諭すより、結果を見せる方を優先することにした。
「あー、気にしないで。この子にとっては、これも遊びなんですよ。泣いてるより遊んでる方がおもしろいでしょ。遊びに引き込んだら大人の勝ちですよ」
ついに、子どもは積み木並べに加わってきた。
これを見た父親がつぶやいた。
「この子が泣き止むのを初めて見ました」
並べ終わったところで、ドミノ倒しをして見せたら、子どもは遊びに夢中になった。
そのすきに、そっぽ向きながら体をナデナデして治療を終えた。
4. 泣き方で判る子供の問題
子どもの泣き方で問題を推察できることを、谷岡先生から教わった。
目を開けずに激しく泣くのは、夢でうなされたときや日中の刺激が強かったとき。
力なくめそめそ泣くときは、どこか具合が悪いとき。
手足が暖かくてグズグズ泣くのは、眠たいとき。
ところがこの子は、親の顔を見てこぶしを握り締め、抗議するように激しく泣き叫ぶ。
さらに物に当たり散らす。
明らかに主張があっての、必死の訴えに見えた。
― もしかして、自分の想いが伝わらないことに、怒っているのではないか?
表情からも、目つきからも、はっきりとしたこの子の意思が感じられる。
そもそも小児はりに連れてこられる子どもは、総じて繊細で頭が良く、親が思う以上にいろんなことが分かっていると私は感じていた。
この子は、おそらく言語能力以上の考えを持っている。
それを親が理解しないことに怒っているのかもしれない ― そう推察した。
5. 子供の想いを言い当ててみる
そこで私は、母親にこう伝えた。
「お母さん。この子が言いたがっていると思うことを、あれこれ言葉にして本人に確かめてみてください。あてずっぽうでいいです。“怒ってるのはこれ?それともあれ?”ってな具合に。
当たっていればうなずくし、違っていたら叩いてくるので、意外と簡単に本人の意思を確認できるんですよ。
言い換えれば、子どもが考えていることの“言語化”を手伝ってあげるんです。
この子は、ご両親が思っているより、はるかに心理発達が早いのかもしれませんね」
以後、この子の泣き叫びはぴたりと止まった。
母親が私の言葉通りにやってみたのだ。
子供は別人のように穏やかになり、親に甘えるようになった。
これは、小児はりを教わって十五年が経ち、二人の我が子を育てた後の症例だった。
子育てと臨床を通して子どもと向き合ってきた時間が、私の小児はりを育ててくれた。
6. 撫でる行為の科学的根拠
皮膚をやさしく撫でると、オキシトシン(別名ハッピーホルモン)という脳内ホルモンが分泌され、脳の興奮がおさまり、ストレスや不安がやわらぐことが分かっている。
しかし、安心できる相手から、程よいタッチで撫でられないとその反応は起きない。
他にも様々な条件がそろわないと狙った効果は出せない。
一見おまじないとも思える施術の中に、その極意が詰まっている。
科学は物事の裏付けにはなるが、それを実際に行って結果を出すには、技術と感性が必要となる。
安全で効果の高い小児はりを伝えていくのが、この神業を教わった私の新たな使命となった。
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