「小児鍼」泣き止まない子の言い分
- 2025年11月2日
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更新日:1 時間前

1. 小児鍼の極意-泣かせないコツ
「お前、さっき患児を泣かせたろ。小児鍼はな、絶対に子供を泣かせちゃいけないんだ」
小児鍼の治療見学のあと、お昼をごちそうになっていた私は、いきなり小児鍼の大家、谷岡先生に叱られた。
「え?いやいや、泣いていたから、あやしたんですが……」
そう反論する私の言葉をさえぎって、一日に700人も子どもが来た鍼灸院の先生は突っ込んできた。
「違う。あの子は普段泣いたことがない。お前が顔をのぞいたから泣いたんだぞ」
意味が分からず、返事に困っている私に、先生は畳みかけた。
「警戒心の強い子に、大男が近づいてきたら、どうなる?」
「お母さんの後ろに隠れて、身構えます」
「さらに近づけば?」
「泣くでしょうね」
「じゃあ、そばを通り過ぎる大人ならどうだ?」
「隠れたまま、目で追いますかね」
「その時泣くと思うか?」
「まあ、泣かないでしょうね」
「もし、遊んでいるとき近くの人と体が触れたら、子供はどうする?」
「避けますかね」
「泣くか?」
「さあ? 泣かないと思います」
「そうだよな。子供と目を合わせなければ、泣かせずに間合いに入り、からだを触ることができるんだ。腕を出せ」
そう言って、先生は私の腕を小児鍼で撫でて見せた。
「えっ、こんなに軽くでいいんですか?」
「そうだ。これ以上強いと悪化する」
これが極意のすべてだった。泣かせないで、ふわっと撫でる。
それだけで夜泣きが治るなんて…
一刻も早く帰郷して、教わった極意を試してみたくてたまらなくなった。
2. 実践と気づき-治りを邪魔するもの
”夜泣きの治療”を標榜したら、患者さんは次々と現れた。
教わった通りにやったら、一発で眠る子と、そうでない子が出てきた。
「何が、違うんだろう」と考えながら臨床を重ねていたある日、なかなか良くならず、苦し紛れに「何か変わったことはしてませんか?」と母親に尋ねると、
「お父さんが、大音量でこの子にジャズを聞かせてるんですよね…」と、半ばあきれ顔でつぶやいた。
この瞬間、父親が原因だと、私と母親の考えが一致した。
ジャズを 大音量で聞かせるのを止めさせたら、夜泣きが止まった。
中には、耳が遠く大声で話す婆ちゃんを遠ざけたら、夜泣きが治る子もいた。
「いないないバー」や、「たかい、たかい」を止めたら夜泣きが止まった子もいた。
アトピーで体を掻きっぱなしの子にはスキンケアを教え、鼻詰まりの子には鼻汁吸い器の使い方と鼻閉のツボを教えたら、夜泣きが止まった。
どうやら夜泣きは、子どもの潜在的なSOSなのかもしれない。
その原因に気付くのが、新たな私の極意となった。
3. 極意の進化系―泣きわめきを止める
ある日、全身で泣き叫ぶ二歳の子供がつれてこられた。
待合室で遊ぶうちに、早速大声を上げて泣きだし、終いにはのけぞって床に頭を打ち付け始めた。
両親は途方に暮れている。
― うわ、これはすごいな。
そう思いながら、谷岡先生に教わった、極意をアレンジして試すことにした。
「どれ、お嬢ちゃんを泣き止ませますか」
と言って、私は子供に目もくれず、待合室のテーブルの下にある”いろは積み木”を取り出し、床に並べ始めた。
「はい、お父さんも、これ並べて。ほい、お母さんも、子どもはいいから手伝って!」
何が起きたかわからぬままに、両親は積み木を並べ始めた。
子どもは一瞬にして泣き止み、私が並べた積み木を蹴散らした。
私はくるりと子供に背を向け、積み木を再び並べ始めた。
すると、子どもが私の前に回り込んで来たので、顔を見ずに、積み木を子どもに差し出してみた。
子どもは「なんだこんなもの」と言わんばかりにそれを掴んでポイと捨て、また積み木を蹴散らした。
そこには、自分の話しに耳を貸さない大人への抗議が読み取れた。
両親は、我が子の乱暴な振る舞いにばかり目が行き、子どもの「心の叫び」に気づいている様子は見られなかった。
私は、親を諭すより、結果を見せる方を優先することにした。
「あー、気にしないで。この子にとっては、これも遊びなんですよ。泣いてるより遊んでる方がおもしろいでしょ。遊びに引き込んだら大人の勝ちですよ」
ついに、子どもは積み木並べに加わってきた。
これを見た父親がつぶやいた。
「この子が泣き止むのを初めて見ました」
並べ終わったところで、ドミノ倒しをして見せたら、子どもは遊びに夢中になった。
そのすきに、そっぽ向きながら体をナデナデして治療を終えた。
子どもの泣き方で問題を推察できることを、谷岡先生から教わった。
目を開けずに激しく泣くのは、夢でうなされたときや日中の刺激が強かったとき。
力なくめそめそ泣くときはどこか具合が悪いとき。
手足が暖かくてグズグズ泣くのは眠たいとき。
ところがこの子は、親の顔を見てこぶしを握り締め、抗議するように激しく泣き叫ぶ。
さらに物に当たり散らす。明らかに主張があっての、必死の訴えだった。
― もしかして、自分の言いたいことが伝わらないことに怒っているのではないか。
表情からも、目つきからも、はっきり意思が伝わってくる。
そもそも小児鍼に連れてこられる子どもたちは、総じて頭が良く繊細で、親が思っている以上にいろんなことが分かっていると私は感じていた。
この子は、おそらく言語能力以上の思考を持っている。
それを親が理解していないために怒っている ― そう推察した。
そこで私は、母親にこう伝えた。
「お母さん。この子が言いたがっていると思うことを、あれこれ言葉にして本人に確かめてみてください。あてずっぽうでいいです。“怒ってるのはこれ?それともあれ?”ってな具合に。
当たっていればうなずくし、違っていたら、叩いてくるので意外と簡単に本人の意思を確認できるんですよ。
言い換えれば、子どもが考えていることの“言語化”を手伝ってあげるんです。
この子は、ご両親が思っているより、はるかに心理発達が早いのかもしれませんね」
以後、この子の泣き叫びはぴたりと止まった。母親が私の言葉通りにやってみたのだ。
子供は別人のように穏やかになり、親に甘えるようになった。
これは、小児鍼を教わって十五年が経ち、二人の我が子を育てた後の症例だった。
子育てと臨床を通して子どもと向き合ってきた時間が、私たちの小児鍼を育ててくれた。
4. 科学的根拠-撫でる効果
皮膚をやさしく撫でると、オキシトシン(別名ハッピーホルモン)という脳内ホルモンが分泌され、脳の興奮がおさまり、ストレスや不安がやわらぐことが分かっている。
しかし、安心できる相手から、程よいタッチで撫でられないとその反応は起きない。
他にも様々な条件がそろわないと狙った効果は出せない。
一見おまじないとも思える施術の中に、その極意が詰まっている。
科学は物事の裏付けにはなるが、それを実際に行って結果を出すには、技術と感性が必要となる。
安全で効果の高い小児鍼を未来にも残していくのは、術者としての鍼灸師の役目だ。
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