高校生ピッチャーの腰痛が治らない本当の理由|7カ月改善しなかった痛みの正体を臨床推論する
- 2 日前
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■ 7カ月続いた腰痛で来院した高校生ピッチャー
県内の強豪校で投手を務める高校3年生の男子が、母親に付き添われて来院しました。
主訴は 左腰の痛み。昨シーズンの大事な試合で違和感を抱えながら登板し、無理をして投げ続けた結果、動けなくなったとのことでした。
その後、仙台や東京など評判の医療機関や治療院を掛け持ちで受診し、
• 軽度の分離症
• 筋肉の炎症
• 仙腸関節炎
などの診断と治療を重ねてきたそうです。
治療直後は痛みが消えるものの、練習に戻ると再発する状態が続き、本人も親もどうして良いのか分からなくなっていました。
■ 詳しい問診で見えてきた「痛みの背景」
問診では、痛みの出る動作や既往歴、これまでの治療経過を丁寧に確認しました。
「9月の試合ってどんな試合だったんですか?」
母「春の選抜をかけた地区大会だったんですけど、息子の調子が悪くて、スタンドから見ていても投げる度に腰を痛がっているのが分かるんですよ。なのに続投させられて、とうとう痛みで動けなくなって、マウンドから車いすで運び出されたんです」
「歩けなくなったんだ。腰の痛みはその前からあったんですか?」
本人「あっ、たまに痛くなることはあったけど、休めば何とかなっていました」
「マウンドから降りるとき、どんな気持ちだった?」
本人「悔しかったです」
母「初戦は10対0で勝って、次の試合は投手戦になったんです。2対1で負けてしまって、甲子園には行けませんでした」
「そうかー。大事な試合だったんだね。ところで、もうすぐ地区大会が始まるのかな?メンバーは発表されたの?」
母「まだです」
「なるほどね。様子は大体分かりました。では身体を診せてください」
■身体所見と投球動作を再現して痛みが出る様子を確認すると
• 投球動作の加速期で左腰が痛む
• 下肢のしびれや神経症状はなし
• 仙腸関節の圧痛なし
• トリガーポイントも見られず
身体所見からは危険な疾患の兆候はなし。
腰と臀部の軽い緊張以外、明確な痛みの原因が見つかりませんでした。
■ 治療後は痛みゼロ。投球イメージを再構築
椎間関節と椎弓部を中心に鍼灸治療を行い、治療後に投球動作を確認すると…
「あ、痛くありません」
「そうだろうね。でも、これがグラウンドで投げると痛くなるんだよね」
「はい」
やはり心理的な要素が大きいと判断し、試しに少し暗示をかけて、本人がそれに乗ってくるかを見てみました。
「たぶんね、力みが入って左腰に負荷をかけながら投げてるのかもしれないね。力まずにスッと投げるイメージで投球動作をやってごらん」
「はい」
彼は素直に投げ始めました。
「そうそう。野手を信じて打たせて取るつもりでね。そう。もっと伸び伸びと。気持ちよく」
投げさせながら、力みをなくしたイメージを植え付けていきます。
「投球のイメージ掴めたかな?」
「はい、いい感じです」
■「何が起きているのか?」の説明と心理サポート
その後、治療室に母親を招き入れて説明をしました。
「先生、如何でしょう?」
「そうですねー、仙腸関節に所見は見られないので、そちらは治っているんじゃないですかね。9月の痛みは分離症から来てたんじゃないのかな。でも今は心理的な力みが投球に影響して、左腰に負担をかけて、痛みを確認しながら投げているように思われるんですよ。腰とお尻の筋肉が張っているぐらいしか所見がないので、腰はもう治ってる様なんです。ここまで来たのは、お母さんの頑張りのお陰でしょう」
「え、そうなんですか!」
「はい。なので、力まずにコースを丁寧に突くピッチングをすれば十分復帰できますよ」
「あー良かった。良かったわね」
「うん」
「練習後は腰のアイシングとお灸、ストレッチをして疲労を取ってくださいね。イメージが大事だよ。『もう治ってるんだから大丈夫だ』ってイメージして投げると、投球フォームが整うから痛みは出ないはずだよ」
「はい」
■監督の意図を読む
「監督が9月の試合で交代させなかったのは、君にメンタル的なところで一皮むけて欲しかったんじゃないかな。その証拠に、不調の君をずーっと外していないでしょ。
監督は君なら乗り越えられるって信じてるんだよ。
多分それが君にとっては重荷だったので、何とかしようと力みが出て、結果的に腰をいじめちゃったんだろうね」
母「私に似て神経質なところがあるから」
「まあ、とりあえず普通に投げて、今言ったケアをやってごらん。それで調子悪かったら電話ちょうだい」
「わかりました」
1カ月後、肩の痛みで来院したときには、腰の痛みはもう無くなっていました。
■ 院内カンファレンス:この腰痛の本質はどこにあったのか?
治療後、スタッフと症例を振り返りました。
「さて、この症例は何が一番の問題だったと思う?」
「うーん……メンタルですか?」
「第一印象はそうだよね。でも本当にそうなのかをロジカルに検証しないと失敗するよね。じゃあ、一つ一つ検証していきましょう」
■ Step1:まず鍼灸師が手をつけてはいけない“危険”がないか確かめる
「まずは、何が起きていたのかまとめてくれる?」
「はい。…えーと。大事な試合中に腰痛が悪化して投げられなくなり、チームは敗退。その後、複数の医療機関を掛け持ち受診して、分離症・筋肉の炎症・仙腸関節の問題とバラバラな診断名が付き、それぞれの治療で直後は痛みが消えるが、グラウンドで投げると戻る……という経過です」
「うん、まとめるのが上手くなったね」
一応画像検査は受けて軽い分離症と仙腸関節炎が指摘されている。
こちらでも確認すべきは骨折と神経の圧迫症状。
実際の所見は、
• 強い圧痛・叩打痛なし
• 下肢症状・神経学的異常なし
なので、分離症への配慮は必要ながらも、直ちに医療機関に戻さねばならない状況ではないと判断。
保存療法として試しても大丈夫と考えます。
■ Step2:痛みの正体を探る ― 病態把握
「じゃあ何が痛みを作っているのかを探ろう」
所見は、
• 投球動作の加速期で左腰が痛い
• 神経症状なし
• 仙腸関節の所見なし
• トリガーポイント見当たらない
「となると?」
「椎間関節への負荷が痛みの元。でも体表に所見が出ない程度のもの……ですかね」
「そうだね。こういう場合、痛みにフォーカスするよりも、そこに負担をかけない動作を教えると早く治るんだよね」
構造の問題だけでなく、“動作のクセ”が痛みを作っている可能性が高い。
■ Step3:治癒を妨げる“心理”と“生活背景”を読む
「病態はつかめたので、心理的な面も検討してみよう。本人の心理状態をどう評価する?」
「強豪校だし、甲子園の切符がかかった大会だったので、ピッチャーのプレッシャーは相当だったと思います。ただ…」
「ただ?」
「そのプレッシャーがかかるポジションに立つにしては、なんでもお母さんに頼り切りな感じがしました」
「そうだね。お母さんが一人で息子のために日本中駆け回って治そうとしてるって感じだよね。息子はその期待に応えなきゃいけないプレッシャーもプラスされてるよね」
「母子相関と診ていいんでしょうか?」
「まあ、そうだろうね。結果として本人は痛みを確認しながら投球する癖がついて、事態をこじらせた」
「母親の過干渉を止めて、本人に自立を促すべきなんでしょうか?」
「それが本来なんだけど、時間がかかりすぎるから、ここは問題の捉え方を変えてあげたのさ」
「具体的には?」
■ Step4:治療計画 ― 身体と心の両面からアプローチ
治療方針は2本柱。
① 身体へのアプローチ
• 椎間関節・椎弓部への鍼灸
• 投球動作の再教育
• 力みを抜くフォーム指導
• 練習後のセルフケア
② 心理へのアプローチ
親子の不安を減らし、プライドを支える。
母親には、
• これまでの努力を誉め、後は仕上げをすれば大丈夫と労をねぎらい、
これ以上のドクターショッピングを止める。
本人には、
• 投球動作の良いイメージを植え付け、痛くなく投げる感覚を取り戻させる。
• プレッシャーから逃げてきたことを「成長の過程」と言い換え、
理的な負い目を消す。
• プライドを支える言葉で、うまくいっていた時の気分を呼び起こす。
■ まとめ:トップアスリートを支えるカリスマ治療者とは
「親子との会話の中に、そんな意図が含まれていたんですね」
「そうだね、いろいろ経験してきた結果の対応なんだけどね」
「ところで、有名なアスリートには、カリスマ治療者がついていることが多いですよね」
「あれ、あこがれるよね。でもね、トップアスリートって、怪我しないからトップに立って結果を出せるんだよね。どちらかというと、強いプレッシャーにさらされたアスリートを精神的に支えられる人が“カリスマ”って呼ばれるんだよ」
「そんなもんなんですか?」
「国体の時、選手兼指導者を治療してたけど、大会直前になって急に『腹が痛い、眠れない』と言い出してね。『戦う女のあなたが弱気になってどうしたの』と言ったら、『私がこれまでに県に使わせたお金がいくらだと思う?失敗も言い訳も許されないんだよ』と返されて、初めてトップアスリートが背負ってるものに触れた気がしたよ」
「今回のケースも、似た感じですかね」
「県内トップクラスの強豪校のピッチャーなら、おかれてる立場が違うよね。トップアスリートになればなるほど、彼らなりの常識が存在するからね。治療する側は、それに応じた対応が求められる特殊な世界だよ」
「院長、いろいろ経験してきたんですよね。また話を聞かせてください」
「了解。じゃあ次は、ハンドパワーについて話そうかね」笑
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