結局私が悪いのか?(疼痛コントロールのリアル)
- 2025年11月5日
- 読了時間: 7分
更新日:1月22日

1. 見栄を張るから痛いんだ
舌の下から、ズーンとした痛みが湧き上がってきた。
「しまった。油断した」
昼食がうまく食べられたことで気が緩んでいた。
相部屋の爺さんたちの食べっぷりにも、つい
「俺が一番若いんだから、がつがつ食べて見せなきゃ」と
変な対抗心を燃やしてしまった。
うまそうに見えたカニ卵をぱくりと頬張った瞬間、
汁が舌の下に流れ込み、
絞り込むような激痛に襲われた。
「うーっ」
と唸ったきり、身じろぎもできない。
逃げ場のない苦しみが、心をベキベキにへし折っていく。
「もうダメだ。退院なんて無理だ。手術は失敗だったんじゃないのか?」
悲観的な考えが次々に押し寄せる。
そんな地獄のような30分が過ぎ、ようやく痛みが引いた頃には、
食欲など微塵も残っていなかった。
爺さんたちは、食事を終えてのんびりしている。
廊下から、下げ膳用のワゴンが顔を覗かせ、僕を急かす。
急に、小学校時代の嫌な記憶が蘇った。
僕一人だけみんなに囲まれて、残した豚の脂身を水で無理やり飲み込まされた、
あの時も下げ膳用のワゴンが、廊下から僕を急かしていた。
2. 地獄からの生還
「どうしよう。扁桃腺の手術からもう1週間も過ぎたのに、
まだこんな状態じゃ仕事に戻れない。
一刻も早く退院しないと、治療院が潰れてしまう。
医者は2週間の入院を勧めるが、十日が限界だ。あと三日で退院の目処をつけなければ…」焦りが募る。
「何とかして食べなきゃ」
そう思い直し、恐る恐る味噌汁をすすった。
「あ、入った」
次に鶏のささみを試す。
「だめだ。肉を噛むために舌を動かすと、傷口が痛む」
仕方なく箸でささみを細かく裂き、舌に乗せて飲み込んでみた。
傷がこすられる痛みはあるが、このぐらいは耐えられる。
ただ、女々しく肉を箸で裂いている自分が、恥ずかしく思えた。
「こんな姿、誰も見ないでくれ!」
同室の人と目を合わせないように、下を向いたまま食べ進めた。
お粥も飲めた。タマネギとグリンピースはするりと入った。
卵とじの甘い汁は恐ろしくて捨てた。残りは水で流し込んだ。
「ふー。どれだけの時間が経ったろう。下げ膳のワゴンはまだいるのだろうか」
残るは、人参とジャガイモの油炒め「これは絶対無理だ」と思って手をつけないでいた。
「どうする?諦めてもいいんだぞ」
そんな内なる声を聞きながらも、物は試しと飲み込んでみた。
「あれ?痛くない。あ、飲める」——とうとう夕飯を完食した。
この「完食」という結果が、にわかに自信をみなぎらせた。
ようやく顔を上げて周囲を見渡す。
何事もなかったかのような空気がそこにはあった。
今さっきまで自分を飲み込んでいた地獄から、僕は生還した。
3. 痛みは幻影?
「僕は何に怯え、何を恥じ、何に絶望していたのだろう?」
痛みは複数の感覚の集合体だ。それを細かく分けて、一つ一つと向き合えば、
耐えられる痛みを選別できる。
それを除くと、痛みの塊はずいぶんと小さくなる。
あとは、耐えられる痛みのルートから食べ物を通過させ、胃袋まで届ければいい。
それを邪魔していたのは、僕の単なる見栄だった。
誰もこっちを見てなんかいない。誰も僕の食べ方が女々しいなんて思っていない。
なのに僕は「若いからガツガツ食べないと恥ずかしい」と勝手にハードルを上げて、
自ら地獄に堕ちて、もがいていた。
先生が言っていた「これから襲ってくる痛みは、全部君が作る痛みだからね」
——あれは、こういうことだったのか。
4. イメージで痛みを溶かす
12時過ぎ、焼けるような喉の痛みで目が覚めた。
「これも自分で作っている痛みなのだろうか?
寝ていたのだから意識は関係ないはずだ」と思いながらも、
イメージで痛みが消えるか試してみた。
「肝心なのは安心感だ」
いざという時のために座薬をもらい、目の前にお守りとして置いた。
そして痛みと向き合った。
「俺はこの痛みを抱えながら、何ができるのだろう…」と考え始めたら、
子どもの頃に見た、東京オリンピックの開会式が頭に浮かんだ。
自分は選手団の一員。隊列の中で歩調を合わせて行進している。
ザッザッザッザッ。観客席からはものすごい歓声が沸き起こる。
「俺は、この痛みで隊列を離れ、トラックの端にうずくまるのだろうか?」
—いや、エエカッコシイの僕だから、きっとにこやかに手を振るに違いない。
そして「痛みに耐えている僕って凄いな」と思うだろう。
赤いブレザーに白いスラックスの日本選手団が、メインスタンド前に差しかかる。
帽子を胸に当て、合図と共に一斉にそれをスタンドに向けかざした。
ファンファーレがひときわ大きく鳴り響く。
—と想像していたら、痛みが消えていた。
「あれ?本当に痛みが消えた。不思議だ…。痛みが戻る前に、寝てしまおう」
そのまま眠りについた。
同じような痛みで目が覚めたのは、3時頃だった。
さっきと同じ手は利かないだろうと思い、別の妄想を膨らませてみた。
やはり痛みが和らいだ。
イメージ次第でかなりの疼痛コントロールできることが分かったので、
実験はこのぐらいにして座薬を使った。
程なく痛みは消え、眠りに落ちた。
5. 早すぎた退院
術後十日目「退院したい」と申し出た。先生はまだ早いと目で止めたが、
「身体は着実に回復しているので、辛いのが治まるのも時間の問題だと思っています」
と答えると、諦めて退院の許可を出してくれた。
これが、後にもう一つ大事なことを学ぶ引き金になるとは、この時は思っていなかった。
入院中に学んだことは
- 見栄が自分を苦しめる
- 大きな塊に思える痛みも、細かく分けると耐えやすくなる
- 強い痛みは迷いを誘発し、苦痛が膨らむ
- あえて楽しい妄想をすると、痛みが減る
つまり、苦痛とは「痛みの感覚」と「苦しみの認識」でできている。
認識を変えれば、苦痛は小さくなる。
喉の痛みを「悪化」と認識すれば、苦痛は何倍にも膨らむが、
「回復の兆候」と捉えれば苦痛は減る。苦痛のコントロールは、認識次第なのだ。
6. 血がでた!
退院から一週間後、風呂上がりに口の中の血なまぐささに気づいた。
鏡を見ると、電気メスで焼いた跡の白いかさぶたが一部剥がれている。
そこからの出血らしい。
「え?これどうやって止血するの?」とパニックに陥った。
にじみ出る血は止めにくい→ 出血多量→ 再入院→ 治療院の危機
——妄想の連鎖が止まらない。
夜だから病院にも行けず、喉を冷やしながら洗面器を手に持って、一晩寝ずに過ごした。翌朝、耳鼻科を受診。先生は点滴をしながら優しくカウンセリングしてくれた。
7. 「もう戻ってくるな」
さらに一週間後、また血の匂い。絶望的な気分で病院へ。
点滴中、先生の説教が始まった。
「私の忠告も聞かずに、自分は他の人より早く退院できたつもりでしょうが、
こんなにいつまでもグダグダしてるのは、あなただけですよ。
自分の都合を優先して、からだの回復速度を無視したツケです。
人のからだは、治るべき時間をかけてちゃんと治るんです。
それをあなたは、自分の都合に合わないと大騒ぎしている。
血なんてイメージだけで止められます」
「本当にイメージだけで止まるんですか?」
「イメージは細胞レベルで変化させる力を持っています。
私は医者だから、傷口を縫うイメージをするだけで止められます。もう戻ってくるな」
そう言われてしまった。
所が、その晩も出血した。
「もう来るなと言われたしな…どうしよう?」と思って、ようやく自省心が甦った。
8. 「あれ?」
よくよく考えてみれば、一晩中血を吐いていたわけではない。朝には止まっていた。
病院に駆け込んだのは、「止まらないかもしれない」という不安のせいだった。
「唇を噛んでも、5分で血は止まるんだし、
傷口がしぼんで血が止まるイメージでもしてみるか…」と考えていたら、
血の匂いが消えた。
先生の言った通りだった。「自然に止まるんだ」と思った瞬間、
からだに力がみなぎるのを感じた。
その日を境に、見違えるように回復した。
9. 「疼痛コントロールは、急がば回れ」
「人のからだは自然の法則通りに変化する。人の都合は関係ない。
だから回復速度が早まることを勝手期待しても、その通りにはいかない。
返ってそれが、要らぬ苦しみを生んでしまう。
だから、回復途中は無理をせず、素直に回復を信じて待つのが
苦しまずに早く治す一番のコツだ」と、
もう一つ大事なことを私は学んだ。
「扁桃腺を取った後は、見違えるほど丈夫になるよ」と先生はおっしゃった。
その言葉通り、蓄膿症と花粉症が治り、風邪もひかなくなった。
些細なことを気にせず、困り事が起きても、自分で自分を追い込まなくなった。
いわゆるポジティブシンキングが身に付いた。
「一本のメスで、ここまで人を変えられるなんて凄いなー。
一本の鍼で、どこまで自分は出来るのだろう・・・」
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