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鍼灸師のリスクマネジメント・経験から導かれた安全管理の要点

  • 2025年11月1日
  • 読了時間: 7分

更新日:2月19日

机に向かって真剣に書き物をしている人物のイラスト。額に汗を浮かべ、集中した表情で試験や課題に取り組んでいる様子。机の上には複数の紙と選択式の回答欄があり、背景にはカレンダーが見える。締切や講義準備に追われる緊張感と努力が伝わる構図。
鍼灸師向けリスクマネジメントテキスト執筆中の一幕。臨床現場で培った経験と倫理観を言葉に変える、静かな闘い。

1. 自分なら書ける


「夜も寝ないで、何の勉強してるの?」

マミちゃんが、心配して声をかけてきた。


「鍼灸師向けリスクマネジメントのテキストを書いてるんだ」

「あれね、3年かけてやる鍼灸師会の講習会ね」

「そう。講師を引き受けちゃった」


「やる気満々ね」


「どうしても、書かなくちゃって思ってね」


「病院に5年も居候して、霊安室の畳に寝て、夜中に解剖を手伝って、

看取り、手術見学、勉強会、毎月帰郷して治療した成果をまとめたくなったってことね」


「だって、病院で学んだ<正しい見立て、常識ある判断、厳しい倫理観>

その全てが安全に治療するための基礎でしょ。

その後再開業して20年、いろんな経験を積んだし、

今なら、鍼灸師のためのリスクマネジメント、まとめられると思うんだ」

「それじゃあ書かなきゃね。で、どんな内容にするの?」



2. 鍼灸師だって見立てが命

「扱う疾患まるかぶりの、総合診療医のマニュアルを参考にする」


「なるほど、言われてみればそうだ。で、正しい見立てが大事だってのは?」


「うん、実例を並べて説明する」


「どんなの?」


「ある日、縫製会社に勤める男の子が、上手く歩けないって来たんだよ。

整形外科にかかっても変らないってね。

念のため腱反射を確認したら、病的反射が現われてね。

すぐに紹介状書いて検査してもらった」


「なんだったの?」


「頸椎の2番目がずれてる頸髄症(頸髄が圧迫されて起る重大な神経障害)だった」


「そのまま治療してたら?」


「最悪、命に関わった」


「他にも、そんな症例はあるの?」


「歩くと足がしびれるって言う、腰の曲がったおばあさんが来てね、

整形外科では脊柱管狭窄症(せきちゅうかんしょうさくしょ)って言われたんだけど、

足の血管の拍動が触れないので、血管外科に紹介した」


「そしたら?」


「やっぱり血管が詰まっててね、手術して良くなったけど、

似たようなケースは凄く多いんだ。整形外科医は血管をチェックしないみたいだね」


「まだあるの?」


「うん。胸を打った人がレントゲン写真を持って来たことがあってね、

外科では異常ないと言われたけど、写真をよく見ると肋骨にヒビが入ってるんだよ」


「え、医者が見落としたの?」


「多分、ちゃんと診てないし、患者の訴えも聞いてないんだろうね。

そういう医者もいるってことを、知って欲しいんだよね。

そのうえで、鍼灸師も見立てる力を養って二重チェック出来れば、

患者さんの安全性は高まるんだってことを、強調したマニュアルにしたいんだよ」



3. 「自分のこと棚に上げてない?」


「あなた、偉そうなこと言ってるけど、

それは病院で勉強したから出来るようになったって話でしょ。

その前はどうだったのか言ってごらんなさい」


「はい、すみません。ひどいもんでした。

骨粗鬆症(こつそしょうしょう)のお婆ちゃんの圧迫骨折が分からなくてね、

往診先で3時間治療しても痛みが引かないので逃げ帰ってきたり、

ぎっくり腰を暖めて揉んで鍼したら悪化したり、

出産間もない妊婦の骨盤いじって立てなくしたり・・・」


「座学だけで開業すると、そうなるぞって言いたいんでしょ」


「そうなんだよ、だから、『病院研修が必要だ』って鍼灸師が自ら声を上げないと、

僕のような失敗は無くならないし、リスクマネジメントなんかできないよね」


「私は卒業と同時に病院研修を受けられたけど、あなたは一旦開業してるから、

ギャップの大きさを知ってるって事ね」


「ああ、だから書かなきゃいけないんだよ」



4. 「臨床判断って怖いんだよ」


「じゃあ、あなたの臨床判断力はどう変化したの?」


「研修前は、そもそも何が起きてるか分かってないし、

鍼で何が出来るのかも、目の前の患者さんの対応は何がベストなのかも分からないから、判断なんて出来なかった」


「そんなあなたが研修を受けたら?」


「土曜の夕方往診した先で、患者さんが片麻痺になっていることに気付いたんだよね。

本人は、単なるリハビリ疲れだから鍼してくれって言うんだけどね」


「なんで片麻痺ってわかったの?」


「右の手足が動かせないし、病的反射も出てたからね」


「で、どうしたの?」


「家の人に市報を見せてもらって、その日の当番病院を確認して救急に電話したんだよ」


「そしたら?」


「今思えば、単純に救急車を呼べばよかったんだけど、

この頃はまだそれが怖かったんだよね。騒ぎごとを起こすみたいで、

それで救急外来の医師に相談したんだよ。

こんな状況なんですけど、どうしましょうって」


「先生なんて言ったの」


「『いつから発症して、その間どうなってる?』って聞かれたので、

本人に確認したら、

『1週間前から徐々に悪化してる』

って言うので、そう答えたら、

『連れてきたかったら連れて来い』って言うんだよ」


「なんか突き放したような、バカにしたような言い方ね」


「まあね。それで、家族に手伝ってもらって、車に乗せてすぐ救急病院に運んだ」


「助かったの?」


「その人、血液さらさらの薬飲んでたので、その晩大出血を起こして、

緊急手術したけど亡くなったんだ」


「つまり、本人の希望どうりに鍼してそのまま帰っていたら、

やっぱり鍼灸師は役に立たないって言われたんでしょうね」


「そうだね。その無能さを世間にさらすことになったろうね」


「とは言え、慣れていないと、躊躇なく救急車を呼ぶのは難しいわよね」


「そうなんだよ。本人は片麻痺だけで普通に受け答えしてるしね。

『大丈夫だから鍼してくれ』って言い張るし、

家族も大したことないだろうって見てるし、当直医は冷たいしね。

そうした抵抗を押し切って、救急を受診させる判断は勇気が要ったよ」


「その心理的ハードルを乗り越えて、

自分の見立てに従った判断をする勇気が必要だって、マニュアルに盛り込むの?」


「いや、それは勇気じゃなくて、

自分の見立てを信じられるだけの訓練が必要だ、と言うことを伝えたいんだよね」



5. 「もしかして?」


「他に症例はあるの?」


「片麻痺患者さんを治療している最中、急に呼吸が荒くなって、話し方が変なので、

血圧を測ったら220を越しててね。そのまま帰すのは危険と判断して、

かかりつけの病院に電話して、付き添いさんに連れてってもらったんだ」


「そしたら?」


「担当医が待ち構えていて、すぐにCT撮ったら脳出血起こしてた。

でも、出血を胃に逃がす管を入れていたので、短期入院で済んだ」


「事前に管が入ってたって事は、またいつ出血するか分からないリスクがあったのね」


「そういうことだね」


「血圧が200を超える人ってたまにいるでしょ。医者に送った決め手は何だったの?」


「病歴と、いつもと違う様子だよね」


「ピンと来る勘が大事って事か」


「それは、病院で小児科のドクターから教わった。

『もしかして』っていつも思ってないと、救えないよってね」



6. 「クレームじゃなくてSOSなんだ」


「患者さんからクレームが付く事ってあるでしょ。そういうときどうするの?」


「基本的には、不安で助けを求めていると理解して、しっかり話を聞いて、

一緒に問題解決を考える。解決策が見えるとトラブルにはならない」


「なんか症例ある?」


「腰痛の治療をして良くなったお婆ちゃんが、1ヶ月後に

『鍼治療してから死にたくなった。どうしてくれる?』って言ってきたことがあったの」


「どうしたの?」


「カルテを見たら、精神科にかかってたので、

『鍼のせいではないと思うけど、どうして欲しいの』と聞いたら、

『こうなったことを主治医に言ってくれ』って言うので、その場で主治医に電話した」


「外来診察中に直接医師に電話して、診療を中断させるのって勇気いるよね」


「そこが鍼灸師にとっての心理的ハードルなんだよね。

医師の手を止めさせる必要性が求められるからね」


「で、どうなったの?」


「患者の訴えがしつこいので、精神科医が受け流していたら、

内科医に絡んでどなられたんだって。それで鍼師に絡みに行ったんだろうってね。

ちゃんと対応するから精神科に戻してくださいって謝られた」


「患者さんは?」


「『精神科の先生、優しくするからこっちに来てって言ってるよ』って話したら

おとなしく帰って行った」


「クレームと取らずに、患者さんのSOSと捉えて、解決するのが優先なのね」


「そう。それが出来るには、色々と経験と勉強が必要だって事を

マニュアルに盛り込みたいんだよね」



7. 地味だけど大事な仕事


かくして、並々ならぬ覚悟で書き上げたテキストは、全部で57,000文字。

B5サイズで53ページになった。


これを5回に分けて講義し、

山形県鍼灸師会のリスクマネジメント講習会は、無事に終了した。

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